大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和41年(あ)1568号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を仙台高等裁判所に差し戻す。

理由

弁護人高橋唯雄、同藤井五一郎の上告趣意は、憲法違反を主張する点もあるが、実質は、すべて、単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

しかしながら、所論にかんがみ、職権をもって調査すると、本件公訴事実のうち背任の訴因について、原判決は、被告人が黛武信に払い下げた本件廃材の実際の重量は約二五トンであったのに、被告人はこれを一八トン七二三キログラムとして契約した結果、国にその差額相当の損害を与えた事実は認められるが、右計量にあやまりのあることを被告人が認識していたとは認められないから、本位的訴因については、犯罪の証明がないとしたが、予備的訴因については、被告人が物品管理法および予算決算及び会計令所定の規定に違反し、あらかじめ不用の決定等をすることなく、代金完納前に本件廃材を黛に引渡すことにより、国に右廃材の価額に相当する実害発生の危険を生じさせたものとして、有罪としているのである。そこで、この点について検討すると、第一審判決の判示するところによれば、被告人は、黛の廃材払下の申出は、従前から八郎潟干拓事務所等から廃品の払下げを受けていた昌和株式会社の出張所員の資格でなされたものと信じてこれを承諾したものであり、その代金は、物件引渡の完了した僅か二日後に、官庁側の書類の整備を待って現実に納入されているというのである。また、原判決が証拠として挙示する黛武信の検察官に対する昭和三六年六月三日付供述調書(謄本)によれば、同人は、本件廃材の一部の引渡が行なわれた頃、現金一〇万円をその代金に充当する趣旨で、被告人の事業所の庶務課長に預託していたという事実もうかがわれるのであり、これらの点からみると、被告人は、右代金は、官庁側の書類の整備次第直ちに支払われるから、国に財産上の損害を与えることはないと信じていたと推認できないことはない。そして、背任罪が成立するためには、未必的にもせよ、その行為の結果本人に財産上の損害を加える認識のあったことを必要とすることはいうまでもないところである。

しかるに、原判決は、被告人が違反したとされている廃品払下の基本的な手続を規定した会計法規は、国に財産的損害が生ずるのを防止することを目的としたものであるから、これに違背することは、直ちに国に実害発生の危険を生じさせるものとして背任罪にあたるとしているのである。しかし、前述したような本件の具体的状況の下においては、被告人に右会計法規に違背する認識のあったことをもって、直ちに国に損害を加える認識もあったとすることは相当でないというべきである。そうすると、背任罪の成立を認めた原判決は、法令の解釈適用をあやまった違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。

よって、刑訴法四一一条一号、四一三条本文により、原判決を破棄し、本件を仙台高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 色川幸太郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例